どこでも行ける

こどものころ、夢のなかで近道を見つけた。自宅と隣家の間の小道を通り、右に曲がる。本来は別の家があり、行き止まりなのだが、夢のなかでは道が続いていた。どのような道だったのか思いだせない。ただ、その道が明石海峡大橋までの近道であったことは覚えている。わたしの住む街から明石海峡大橋のある舞子(神戸市垂水区)まではとても歩ける距離ではない。大発見した夢のなかのわたしは、高揚してともだちを案内した。この夢を見るすこし前に家族で淡路島に行った。はじめての旅行が余程たのしかったのだろう。

 

舞子駅で下車し、大きな歩道橋を渡りきったところで夢を思いだした。ワンピースがはためく。海に近づく。明石海峡大橋を渡る自動車の音がごおごおと響く。橋と垂直に交わる遊歩道は三段あり、ひとつおりると座って海を眺めているひとが、もうひとつおりると釣りをしているひとが見られる。わたしはひとつ、もうひとつおりて、柵に手をかけて、小刻みに揺れる波をじっと見つめる。家族旅行以来、十年ぶりにやってきた。あのとき、観覧車に乗った。もうないのだろうか。調べたところ、観覧車があるのは淡路島のほうだった。

 

舞子海上プロムナードの展望台にあるレストランでソフトクリームを食べた。客はわたしひとりだった。海と明石の街並みを独り占めした。なんて贅沢! 舞子海上プロムナードとは、明石海峡大橋の下にくっついている施設である。海上四十七メートルに回遊式遊歩道がある。アーチ状の天井を持つ、トンネルのようなものである。地面がガラス張りになっているところがあり、浅葱色の海を間近に見られる。十年前はずいぶんと迫力を感じたものだが、いまは〈こんなものか……〉と落胆した。小さくなったコーンを「最後の一口だ」と口へ放りこむ。ベチャとクリームが手についた。いつも最後の一口の判断を誤る。

 

舞子の海岸を散歩し、垂水駅で山陽電車に乗った。海を背にしてシートに腰かけた。正面の窓に反射した夕暮れどきの海を見て〈つまらない〉と思った。アプリで最短最安の経路を調べて、ICカードで改札を通って電車に乗る。切符を固く握りしめて〈まだかな、まだかな〉とそわそわするきもちはもう味わえないのだろうか。年を重ねて遠いと思っていた場所は近くなった。夢で見た近道を実際に見つけてしまったみたいだ。わたしはひとりでどこでも行けることにひどく傷ついた。

 

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2022年11月、noteに投稿した文章を加筆修正しました。

 

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