また失敗

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その日は誰にも気づかれない小さな失敗をした。

 

一つ目:あと二駅で降りるのに座ってしまった

かなしくなって須磨に出た。帰りの電車のことである。ドアのそばで窓ガラスに映るじぶんの顔の奥にある風景を眺めていた。「右側のドアが開きます」とアナウンスが聞こえて、どいて、空いた席に座った。LCDに「神戸」とあり、(しまった……)と思った。わたしは三ノ宮で降りる。あと二駅だ。これはわたしのきもちの問題である。長時間乗るときや疲れているとき以外はなるべく座らないようにしている。わたしが座らないことで席が一つ空く。わたしより長く乗るひとがそこに座る。そのひとは二駅分、長く座れるという魂胆である。合理的だ。そんなことより、誰かがわたしのことをずっと見ていて「あのひとはすぐに降りるのに座ったのか」と思われることを妄想してはずかしくなった。

 

二つ目:気分ではないのにコーヒーを頼んでしまった

さんちかのミスドでドーナツを食べて帰ることにした。腹を満たしたい一心でドーナツを選び、レジに並んだ。店員さんに「お飲みものも一緒にどうですか」と言われて焦る。飲みもののこと考えてなかった! 目についたホットコーヒーを頼んだ。熱いコーヒーだった。ドーナツを食べ終えてからも熱かった。なんで頼んだんやろ。もう帰りたい。帰らせてくれ。半泣きでコーヒーを飲みほした。ミスドもコーヒーもわたしも悪くない。気分でないのが悪い。

 

三つ目:

小さな失敗を思いだして、泣いてしまいそうだった。なんかうまくいかない日だった。つり革を握って窓の外を眺める。青く光るツリーが見えた。その後、電車はすぐに停まった。わたしは下車した。あのひかりを間近で見たい。あれを見れば大丈夫になれる気がする。ひかりを見てから電車は停まった。ということは、神戸のほうを向いて線路沿いを歩けばよい。ととと。ととと。と歩く。と、と、と、あれ、おかしい。ツリーならば、二等辺三角形に見えるはずである。近づくひかりは直角三角形である。なあんだ。ひかりのそばに立つ。それは、はじまりを一点に決めてカーテンのように装飾されたイルミネーションで、ツリーではなかった。また失敗してしまった。引きかえしてまた電車に乗った。

 

その日は誰にも気づかれないささやかな失敗をした。

 

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